穆提婆 ( ぼくていば )

publish: 2022-02-28, update: 2026-04-19

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?-577年。漢陽郡の人。元の姓を駱という。駱超の子。父・駱超が謀反により処刑されると、母・陸令萱が後宮に入ったため、高緯に近侍した。後宮内に隠然たる実力を示し、皇后や外戚に対する皇帝の意向を左右した。北斉が滅ぶと北周に降ったが、のちに謀反を告発されて処刑された。

関連

拓跋賀傉

?-325年。代の第5代王。拓跋猗㐌の子。拓跋鬱律の死後即位するが、幼年であったため母の惟氏が摂政を行った。後趙とは修好路線をとった。親政を始めると諸族を統率できず、本拠を盛楽から東木根山へ移した。間もなく死去。在位4年。

司馬曜

362年-396年。字は昌明。東晋の第9代皇帝。孝武帝。司馬昱の第6子。父司馬昱の死後、桓温の権勢が続く中で王坦之、王彪之、謝安の尽力で即位した。治世は淝水の戦いで前秦を崩壊させるなど東晋の全盛期となったが、謝安の死後は後宮に入り浸り張貴人に暗殺された。在位24年。

劉祜

94年-125年。安帝。後漢の第6代皇帝。清河王・劉慶の子。父・劉慶は元々劉炟の皇太子であり、廃嫡された経緯を持つ。劉隆が夭折すると代わって即位した。皇太后・鄧綏の死後、皇后・閻氏や宦官の助力を得て鄧一族を追い落としたが、側近の利己主義を統制できず朝廷を衰微させた。

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