劉祜 ( りゅうこ )

publish: 2021-12-03, update: 2026-04-19

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94年-125年。安帝。後漢の第6代皇帝。清河王・劉慶の子。父・劉慶は元々劉炟の皇太子であり、廃嫡された経緯を持つ。劉隆が夭折すると代わって即位した。皇太后・鄧綏の死後、皇后・閻氏や宦官の助力を得て鄧一族を追い落としたが、側近の利己主義を統制できず朝廷を衰微させた。

関連

謝恵連

397年-433年。陳郡陽夏県の人。謝方明の子。何長瑜に師事し文才で名を挙げた。男色関係があったほか、喪中に詩を贈ったとして流刑となった。才能を愛した殷景仁に弁護され彭城王・劉義康の属官となった。残した詩文は美文として評価される。

高延宗

544年-577年。安徳王。高澄の第5子。高粛の弟。陳、北周の侵略が始まると、及び腰の宗族の中で善戦した。高緯が逃走すると、周囲から皇帝として擁立され晋陽を守備した。北周の侵攻になすすべなく捕縛され、北斉滅亡後は賓客として遇されたが、穆提婆の反乱未遂がおこると自害した。

慕容沖

359年-386年。西燕の初代皇帝。慕容儁の子。前燕の中山王。慕容恪死後の大司馬を後任した。慕容垂の挙兵に応じて河東にて挙兵するも、竇衝に敗れて慕容泓と合流した。慕容泓を殺害した高蓋らに皇太弟として擁立された。慕容暐が処刑されると皇帝に即位した。帰郷しようとする鮮卑諸族を統制できず左将軍・韓延に殺害された。

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