裴叔業 ( はいしゅくぎょう )

publish: 2021-08-09, update: 2026-04-19

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438年-500年。裴順宗の子。裴潜の弟・裴徽の末裔。宋の時代に軍人として累進し、蕭道成の配下となった。蕭鸞と親しく信任されて北魏戦線を転戦したが、その死後、反乱を疑われて崔慧景、蕭懿らの討伐を受けた。北魏に救援を求めるも、間もなく病没した。

関連

李雄

274年-334年。巴氐の出身。成漢の創設者。武帝。益州刺史羅尚を撤退させ成都を完全に制圧すると、成都王を称して成漢を成立させた。断続的に東晋と係争し漢中・巴東・寧州を攻略する一方で、前涼の張駿が東晋への臣従を勧めたときには一定の理解を示した。在位は30年に及ぶ。

李庠

247年-301年。字は玄序。李慕の子。李輔、李特の弟。李流、李驤の兄。郡の属官として仕えたが任官を固辞した。斉万年の乱では流民となって蜀へ渡るが、任侠心が強く人望を集めた。趙廞が決起するとこれに従うが、趙廞に勢力を恐れられて誅殺された。

劉曄

生没年不詳。字は子揚。九江郡成徳県の人。成徳侯・劉普の子。阜陵王・劉延の末裔。曹操が寿春を攻略するころ蔣済や胡質と共に出仕した。魏が成ると関内侯、侍中となった。曹丕、曹叡の側近として太中大夫、大鴻臚を歴任するが、晩年は疎まれて失意のうちに没した。東亭侯。

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