独孤信
publish: 2021-05-16, update: 2026-04-19
502年-557年。字は期弥頭。本名は如願。匈奴の出自。雲中郡の人。独孤庫者の子。六鎮の乱で活躍し爾朱栄の配下となった。宇文泰の信任を得て西魏の重鎮となった。北周成立時に実権を掌握する宇文護の暗殺を計画し賜死を受けた。娘がそれぞれ北周、隋、唐の皇后として嫁いだ。容姿が美しく独孤郎の異名をとった。
関連
賈智
493年-537年。字は顕智。中山郡無極県の人。賈道監の子。北魏末に相次いだ反乱に対応し功績をあげた。爾朱栄の台頭、爾朱氏の内紛を巧みにくぐり抜け、高歓に従った。開府儀同三司、侍中まで上った。各州の刺史を務めたが民衆を搾取しており民政には明るくない。東魏が成り晋陽へ赴任し、後に罪の連座を受けて刑死した。
拓跋紇那
生没年不詳。代の第6代、および第8代王。拓跋猗㐌の子。兄の死後跡を継いだ。後趙の攻撃で不利となり本拠を東木根山から大寧に移すなど勢威を落した。拓跋鬱律の子・拓跋翳槐と王位を巡り、宇文部や賀蘭部を巻き込んで争った。前燕へ亡命した後の事跡は不明。
耿宝
?-125年。字は君達。右扶風茂陵県の人。耿襲の子。耿弇の弟・耿舒の孫。妹を清河王・劉慶の王妃とし、安帝・劉祜の外戚となる。劉祜の親政により大将軍となるが、樊豊ら佞臣の増長を抑えられず、劉保の廃太子、楊震の免官を引き起こした。劉祜の死後、権力掌握を目論む閻氏一族によって投獄され自殺した。