権翼 ( けんよく )

publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19

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生没年不詳。字は子良。略陽郡の人。前漢の権忠の14世の孫。初め姚弋仲に従った。姚萇が前秦に降伏すると苻堅と親交を深めた。苻堅の南征には反対した。淝水の戦いの敗北後、慕容垂の自立の動きを警戒した。没落する前秦を支えたが叶わず、長安が放棄されると後秦へ亡命した。

関連

祭遵

?-33年。字は弟孫。潁川郡潁陽県の人。更始政権下で県の吏だったが、容姿と態度を劉秀に気に入られ河北攻略に従った。性は温厚でありながら苛烈であった。儒者であり清廉潔白を信条とし、罪を犯した者は劉秀の一族であっても格殺した。怒った劉秀に逮捕されたが、許されて厳正さを称えられた。征虜将軍、潁陽侯。

高延宗

544年-577年。安徳王。高澄の第5子。高粛の弟。陳、北周の侵略が始まると、及び腰の宗族の中で善戦した。高緯が逃走すると、周囲から皇帝として擁立され晋陽を守備した。北周の侵攻になすすべなく捕縛され、北斉滅亡後は賓客として遇されたが、穆提婆の反乱未遂がおこると自害した。

孫秀

?-301年。字は俊忠。琅邪郡の人。初め潘岳に仕えたが、狡猾、貪淫と評され度々処罰を受けた。司馬倫が琅邪王の頃に仕え、文章を賞されて累進した。多くの謀事に関り、司馬遹の殺害、賈氏の誅殺など数多の凶行を主導した。朝廷を専断して諸王の挙兵を招き、内部から呼応した趙泉に斬られた。

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