権翼
publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19
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生没年不詳。字は子良。略陽郡の人。前漢の権忠の14世の孫。初め姚弋仲に従った。姚萇が前秦に降伏すると苻堅と親交を深めた。苻堅の南征には反対した。淝水の戦いの敗北後、慕容垂の自立の動きを警戒した。没落する前秦を支えたが叶わず、長安が放棄されると後秦へ亡命した。
関連
司馬聃
343年-361年。字は彭子。東晋の第5代皇帝。穆帝。司馬岳の第1子。司馬岳の死後、2歳で即位した。治世は太后の褚蒜子、何充、司馬昱らによって運営された。成漢を併呑し、洛陽を奪還するなど領土の拡大に成功した。若くして病没した。在位17年。
王曇首
394年-430年。字は子陵。琅邪郡臨沂県の人。王珣の子。劉義隆に仕えて属官として昇進し、劉義隆の即位に伴って中央に入り、侍中、驍騎将軍を務めた。王華らと共に劉義隆政権の確立に務め、その功は多大であった。兄・王弘が劉義康から妬まれたとき、兵を分配することを勧めた。
鄧禹
2年-58年。字は仲華。南陽郡新野県の人。雲台二十八将の筆頭。長安留学中に劉秀の知遇を得た。劉秀が河北へ向かうとこれを追って鄴で合流した。大略を見極め人材輩出に異能を示した。劉秀にとってその大器は貴重なもので、関中遠征など多くの大任を授けられた。太傅、高密侯。