任昉 ( じんぼう )

publish: 2021-11-01, update: 2026-04-19

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460年-508年。字は彦昇。楽安郡博昌県の人。任遙の子。丹陽尹の主簿となって後に蕭子良の属官に転じた。蕭鸞の不興を買って一時、不遇となるが、蕭衍が政権を握ると禅譲の詔勅などを書き上げた。文筆に優れて「任筆沈詩」と詩にすぐれた沈約と比較して評価された。交際が豊富で財産に執着しなかったという。

関連

劉駿

430年-464年。字は休龍。劉宋の第4代皇帝。孝武帝。劉義隆の第3子。皇太子であった兄劉劭が劉義隆を殺害すると、これを打つべく挙兵、皇帝に即位し、建康を陥落させ劉劭を処刑した。寒門を登用して中央集権を進めたが、残虐な一面も多く国を疲弊させた。在位11年。

独孤信

502年-557年。字は期弥頭。本名は如願。匈奴の出自。雲中郡の人。独孤庫者の子。六鎮の乱で活躍し爾朱栄の配下となった。宇文泰の信任を得て西魏の重鎮となった。北周成立時に実権を掌握する宇文護の暗殺を計画し賜死を受けた。娘がそれぞれ北周、隋、唐の皇后として嫁いだ。容姿が美しく独孤郎の異名をとった。

慕容暐

350年-384年。字は景茂。前燕の第3代君主。幽帝。慕容儁の三男。河南へ進出し東晋領の洛陽を得るも慕容恪の死後は国威が低下する。洛陽の領有問題を起点に前秦と敵対し大敗のすえ鄴は陥落、降伏した。在位11年。淝水の戦い以後没落する苻堅の暗殺を試みるが失敗し殺害された。

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