孫程 ( そんてい )

publish: 2021-12-30, update: 2026-04-19

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?-132年。字は稚卿。涿郡北新城県の人。安帝の治世に宦官として中黄門となった。劉祜、劉懿が相次いで没すると、廃太子されていた劉保の復権に動き、閻顕が諸王子を召喚したのを機に、王康らと共に江京、劉安、陳達を斬って政変を成した。浮陽侯となり養子への相続が認められた。病没。

関連

劉宏

156年-189年。霊帝。後漢の第12代皇帝。解瀆亭侯・劉萇の子。河間王・劉開の曾孫。劉志に男子が無く、同じ河間王の筋から皇太后・竇妙、竇武、陳蕃らに擁立された。熹平石経を作成するなど学問を奨励する一方で、売官売爵といった短絡的な財政を行い、宦官の専横も止まらなかった。

慕容廆

269年-333年。慕容渉帰の子。慕容吐谷渾の弟。前燕の基盤を築いた。元来西晋に帰属していたが国勢を年々弱める西晋に変わって遼西・遼東の統治体制を確立させた。引き続き東晋に臣従し遼東公に封じられた。病没。鮮卑慕容部の大人としての在位は49年。

乞伏熾磐

?-428年。字は太祖。西秦の第3代の王。文昭王。乞伏乾帰の子。南涼の人質となっていたが、後に父乞伏乾帰の下に出奔する。西秦が復興すると立太子される。父が乞伏公府に殺害されると乞伏公府を殺害し王位を継承した。南涼を滅ぼし北涼と抗争した。病没。在位16年。

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