朱祜 ( しゅこ )

publish: 2021-08-12, update: 2026-04-19

?-48年。字は仲先。南陽郡宛県の人。母方の実家を復陽の劉氏とし、劉秀、劉縯と親交を結んだ。劉秀配下の最古参。長安留学中は劉秀と共に薬を売って学費とした話が残る。儒学に詳しくその性格は質朴で正直だった。輝かしい武功こそ欠けるが、その人格を劉秀に愛された。建義大将軍、鬲侯。

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悦綰

?-368年。鮮卑の人。慕容皝に服属した大人の一人。後趙の遠征を退けるなど一軍を率いて活躍した。并州刺史、尚書左僕射を歴任した。慕容評が悪政を行うと、上奏して多くの不正を摘発した。前秦の侵攻を前に病没するが、慕容評による暗殺の風聞も流れた。

蕭昭業

473年-494年。字は元尚。蕭斉の第3代皇帝。鬱林王。蕭賾の子蕭長懋の第1子。皇太子であった父蕭長懋の死後、皇太孫に立てられた。蕭賾の死後皇帝に即位した。父と祖父が相次いで病没したため、蕭子良、蕭鸞の輔弼を受けた。蕭鸞と対立して殺害された。在位1年。

馮跋

?-430年。字は文起。北燕の第2代天王。文成帝。馮安の子。慕容熙の不信を得て一時隠遁していたが、皇后苻訓英の葬儀の隙をつき高雲を擁立して慕容熙を処刑した。高雲が殺害されると群臣に推戴されて天王を称した。治政は安定したが晩年は後継争いが起きた。病没。

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