陶侃
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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259年-334年。字は士行。陶丹の子。劉弘に招聘されて張昌の乱を皮切りに江南に続出した反乱を鎮圧した。やがて江南を支配する司馬睿に帰順すると、杜弢、王敦、蘇峻の乱で功を成し西府軍団の母体を築いた。晩年は襄陽を回復した。朝廷への干渉を慎み続けた。病没。
関連
賀抜岳
?-534年。字は阿斗泥。賀抜度抜の子。賀抜勝の弟。武川鎮の出身で、爾朱栄の下で転戦して功を立てた。爾朱天光の副将として関中に入ったが、爾朱天光が高歓に敗れたため、高歓に帰順した。元脩と高歓の対立にあって、元脩の信任を得るが、その勢威を恐れた高歓に暗殺された。
慕容策
386年-398年。濮陽王。慕容宝の子。美少年と記録が残る。父・慕容宝からは愛され、慕容会が太子から廃されると新たな太子として立てられた。段速骨、および蘭汗が反乱すると、擁立されたが、間もなく殺された。
蕭昭文
480年-494年。字は季尚。蕭斉の第4代皇帝。海陵王。蕭賾の子蕭長懋の第2子。兄蕭昭業が殺害されると蕭鸞に擁立され皇帝に即位した。しかし実体は蕭鸞の傀儡であり、皇太后王宝明の勅令を引き出した蕭鸞によって、廃位、殺害された。在位2か月。