萬脩
publish: 2021-10-04, update: 2026-04-19
?-26年。字は君游。扶風茂陵県の人。劉玄政権で信都郡信都県の県令となった。信都郡太守の任光に従い劉秀を迎えた。河北攻略、洛陽、南陽と転戦した。鄧奉の反乱によって宛で孤立し、間もなく病没した。右将軍、槐里侯。
関連
劉顕
?-352年。石祗の属将。冉閔と戦って大敗を繰り返し、恐れるあまり石祗を始め重臣を殺害して冉閔に帰順した。一方で自立を目論み冉閔から離反するが、悉く敗れた。曹伏駒の寝返りで襄国に入城した冉閔によって処刑された。最終的に後趙に止めを刺した人物に当たる。
拓跋猗㐌
267年-305年。鮮卑族の中部拓跋部の大人。拓跋沙漠汗の子。叔父の拓跋禄官が拓跋部を三分割すると中部を統治した。北方の諸族を攻略したほか、西晋と結んで勃興した前趙と戦った。大柄で馬が潰れるため牛車に乗っていた。
司馬紹
299年-325年。字は道畿。東晋の第2代皇帝。明帝。司馬睿の第1子。司馬睿の死去により即位する。緊張関係にあった王敦に討伐の勅命を出し、王敦の病死も重なって王敦の乱を収束させた。司馬昭による簒奪の経緯を知り皇統の存続を危ぶんだという。若くして病没。在位2年。