王導 ( おうどう )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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276年-339年。字は茂弘。王覧の孫、王裁の子。琅邪王氏。利害調整に長け、寛大な政治を旨として人心をまとめたため、東晋の黎明を作った。王敦の乱や蘇峻の乱など度々政敵から攻撃を受けたが、失脚することなく執政を全うした。病没。

関連

蕭巋

542年-585年。字は仁遠。後梁の第2代皇帝。明帝。蕭詧の第3子。宗主国が西魏、北周、隋と変遷する中で一貫して友好な外交を維持した。北周が北斉を滅ぼした際は自ら長安へ行き祝賀した。安定した治政により熟成した南朝文化が後世に継承された。在位23年。

阮瑀

?-212年。字は元瑜。陳留郡の人。蔡邕に師事し奇才の評価を得た。曹操に仕えて司空軍謀祭酒を務めた。文章に優れて数々の公文書の起草に携わったが、詩の評価は高くない。建安の七子の一人。子の阮籍、孫の阮咸はともに竹林の七賢に数えられる。

長孫嵩

358年-437年。長孫仁の子。代の南部大人。代が前秦に滅ぼされると劉庫仁に従った。拓跋珪が独立すると再び南部大人となり、柔然、後燕、東晋を相手に歴戦して、北魏初期の軍事を支えた。北魏3代に仕えた。病没。武廟六十四将に数えられる。

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