張豺
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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?-349年。西晋末期、中原が乱れると割拠して王浚の傘下に入った。王浚の死後は石勒に帰順し、将軍職に任じられた。石虎の後継に石世を推し、石勒の死後、石世を即位せしめた。劉皇太后と共に政治を牛耳るが、石遵が挙兵すると孤立した。石遵に高位を与えて出迎えたが、捕らえられ処刑された。
関連
鄧禹
2年-58年。字は仲華。南陽郡新野県の人。雲台二十八将の筆頭。長安留学中に劉秀の知遇を得た。劉秀が河北へ向かうとこれを追って鄴で合流した。大略を見極め人材輩出に異能を示した。劉秀にとってその大器は貴重なもので、関中遠征など多くの大任を授けられた。太傅、高密侯。
慕容忠
?-386年。西燕の第5代皇帝。慕容泓の子。慕容瑤の死後、慕容永に擁立された。建武と改元して聞喜まで東進を進め燕熙城を築いて拠点とした。まもなく刁雲に殺害された。
王梁
?-38年。字は君厳。漁陽郡要陽県の人。彭寵から狐奴県県令代行とされた。河北を攻略する劉秀に従い、野王県県令を務めて洛陽方面を守備した。劉秀の即位時に大司空に抜擢され、中郎将、執金吾を歴任した。軍法違反や運河工事の失敗など度々蹉跌した。河南尹、阜成侯。