王梁 ( おうりょう )

publish: 2021-08-16, update: 2026-04-19

?-38年。字は君厳。漁陽郡要陽県の人。彭寵から狐奴県県令代行とされた。河北を攻略する劉秀に従い、野王県県令を務めて洛陽方面を守備した。劉秀の即位時に大司空に抜擢され、中郎将、執金吾を歴任した。軍法違反や運河工事の失敗など度々蹉跌した。河南尹、阜成侯。

関連

高肇

?-515年。字は首文。高颺の子。高照容の兄。外戚。渤海郡蓨県の人。元恪の代に尚書令、平原郡公まで昇る。元詳、于皇后、元昌、元愉、元勰の死に関与したほか、多くの諸王を幽閉した。元詡が即位すると、元雍や于忠らによって排除が計画され参朝するところを殺害された。

欧陽詢

557年-641年。字は信本。長沙郡臨湘県の人。欧陽紇の子。父・欧陽紇が嶺南で反乱を起こして討伐されると、江総に匿われて養育された。陳の滅亡後は、隋、唐に仕え、王羲之以来の書法を研究した。初唐の三大家、楷書の四大家に数えられる。

蕭詧

519年-562年。字は理孫。後梁の初代皇帝。宣帝。蕭統の第3子。侯景の乱で対立した蕭繹に兄蕭誉が殺されると、西魏に降って後楯を受けた。西魏が江陵の蕭繹を攻撃すると同調して蕭繹を殺害した。江陵一帯を拠点に自立し皇帝を称したが、実情は西魏の傀儡政権であった。在位7年。

/opt/build/repo/content/dynasties/25_後漢/retsuden/38_王梁.md