李流
publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19
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248年-303年。巴氐の出身。兄の李特に従い流民と共に転戦した。李特が戦死すると李特の勢力は大きく動揺したが、甥の李雄らの武勇もあって羅尚を救援する荊州軍を撤退させた。しかしまもなく病が篤くなり、李雄を後継者に指名して死去した。兄李特の戦死から僅か七ヶ月後であった。
関連
諸葛玄
?-197年。琅邪郡陽都県の人。諸葛亮の叔父。兄・諸葛珪が急死したため一族の家長を務めた。承制によって豫章太守となるが、朝廷から正式に豫章太守に任命された朱皓と争った。荊州に逃れてまもなく病没したとも、朱皓を支援する劉繇、笮融と敵対して敗死したともあり定かではない。
陸遜
183年-245年。字は伯言。呉郡呉県の人。陸駿の子。幼くして父を亡くして廬江太守の陸康を頼ったが、袁術と敵対した折、一族を連れて本籍に避難した。山越の平定で躍進し、荊州の攻略、夷陵の戦いを経て呉の重鎮となった。二宮の変を要因に孫権と対立し憤死した。諡は昭。江陵侯。
慕輿根
?-360年。鮮卑の人。早くから慕容皝に服属し、将軍として頭角を現した。後趙戦線で活躍し前燕の中原進出に大きく貢献して太師まで昇った。慕容儁の死後は、傲慢で詭弁を弄し反意を抱いたため、慕容恪によって誅殺された。