李流
publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19
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248年-303年。巴氐の出身。兄の李特に従い流民と共に転戦した。李特が戦死すると李特の勢力は大きく動揺したが、甥の李雄らの武勇もあって羅尚を救援する荊州軍を撤退させた。しかしまもなく病が篤くなり、李雄を後継者に指名して死去した。兄李特の戦死から僅か七ヶ月後であった。
関連
陳霸先
503年-559年。字は興国。陳の初代皇帝。武帝。陳文賛の子。潁川陳氏の陳寔の末裔。蕭繹に従って王僧弁と共に侯景を討った。蕭淵明の即位を巡って王僧弁と対立し、王僧弁を討って蕭方智を復位させた。まもなく蕭方智に禅譲を迫って皇帝に即位し陳を建てた。在位2年。
陳慶之
484年-539年。字は子雲。斉代から蕭衍に仕え、梁が建つと武功を重ねて昇進した。北魏の北海王・元顥を擁して北伐し洛陽を占領した。爾朱栄の反攻により洛陽を追われるが、その後も北魏戦線を支えた。武芸には疎かったが指揮官として非凡で、身に纏った白袍を畏怖された。病没。
元賛
生没年不詳。広平王。元悌の子。北魏の広平王を継ぎ、驃騎大将軍、開府儀同三司となった。叔父にあたる孝武帝・元脩が関中に入るとこれに従った。元脩が宇文泰に殺害されると皇帝に擁立する動きがあった。司徒、太尉、司空を歴任した。尚書・元烈が宇文泰に殺害されると、不満を漏らす元欽を泣いて諫めた。