許慎
publish: 2021-11-15, update: 2026-04-19
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生没年不詳。字は叔重。汝南郡召陵県の人。汝南郡の属官を経て、孝廉をもって中央に出仕し洨県県令、太尉南閤祭酒など務めた。経書を広く学んで五経無双と称された古文経学の大家。漢字の原理を六種類に分類する六書の説明は、著書『説文解字』が最古である。
生没年は定まらない。 ただし、100年ごろに『説文解字』を起稿したことや、桓帝の治世に尹珍が許慎に師事したことがあるため、おおよそ明帝の永平年間(58年-75年)に生まれ、桓帝の治世(147年-167年)に亡くなったと考えられる。
六書 とは、漢字を以下の六つに分類する考え方である。
- 象形
- 物の形をかたどって単純化した文字。 日、山、木、子、鳥などがある。
- 指事
- 抽象的な概念を記号化した文字。 一、ニ、三、大、下、本などがある。
- 会意
- 象形、指事を組み合わせた文字。 寒という漢字は、家、草、人、氷の象形を組み合わせたものである。
- 形声
- 意味を表す部分(義符)と、発音を表す部分(音符)を組み合わせた文字。 河、江は水の意味を表す「サンズイ」と、音符である「カ」、「コウ」を組み合わせたものである。 漢字全体の80%以上を占める。
- 転注
- 漢字は多くの場合、複数の意味を持つ。 しかし、初めから複数の意味を持っていたわけではなく、最初に持った意味から派生して別の意味が生まれた。 この意味の派生を転注という。 例えば、「書」は「書く」という意味がまず最初にあり、「書物」の意味としての「書」は転注にあたる。
- 仮借
- 既存の漢字の発音を借りて、他の意味に用いたものを仮借という。 例えば「革」は元来「皮革」の意味を持つ。 しかし「改める」という意味の言葉も同音であったため、「革」の文字を転用した。 現代では、英吉利 などの外来語の当て字も仮借に属する。
なお、分類のうち、前半の四つは漢字の成り立ちを分析したものであり、後半の二つは漢字の応用方法を分析したものである。
関連
庾冰
296年-344年。字は季堅。庾琛の子。一族と共に江南に移り、華軼の討伐に功を成した。蘇峻の乱では敗退して王舒の属官を務めたが、乱の鎮圧後は荊州に赴任する兄に代わって中央職を歴任した。幼帝の即位と後見を巡って何充と争った。庾翼の後援として江州刺史となった。病没。
張瓘
?-359年。宗族だが系譜は不明。張駿の代に、寧戎校尉、河州刺史を歴任して強勢を作った。張祚討伐のための挙兵を成功させ、張玄靚の輔弼の筆頭となった。宋混を恐れて誅殺しようとしたが、事前に察知した宋混の攻撃を受け、自害した。猜疑心が強く、苛虐であった。
高雲
?-409年。字は子雨。北燕の初代天王。恵懿帝。高抜の子。高句麗の王族出身。慕容宝の養子となり慕容雲を名乗った。慕容熙の死後、馮跋に擁立されて燕王となる。北魏との関係は悪化したが高句麗との関係は好転した。寵臣の離班、桃仁に殺害された。後燕の5代皇帝とも解釈される。