王聖 ( おうせい )

publish: 2021-12-20, update: 2026-04-19

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生没年不詳。安帝・劉祜の乳母。鄧氏一族が政権を運営するとこれに不満を持ち、鄧綏の兄・鄧悝が平原王・劉翼の擁立を画策していると誣告し、劉翼の都郷侯降格へとつながった。野王君に封じられて江京、樊豊、王伯栄とともに恣肆暴虐と評された。閻氏一族の権力掌握により失脚し雁門郡へ流刑された。

関連

石祗

?-351年。後趙の第7代皇帝。新興王。石虎の子。冉閔が石鑑を廃して冉魏を建てると封地の襄国で皇帝に即位した。冉閔討伐の兵を興すも一進一退し、冉閔に敗れて保身を図った配下の劉顕によって殺害された。史書によっては君主として数えられない。

杜預

222年-284年。字は元凱。杜畿の孫、杜恕の子。前漢の御史大夫・杜周の末裔。蜀、呉の討伐に深く関わった。政策に無駄がなく杜武庫の異名をとった。破竹の勢いの語源を残した。春秋左氏伝を研究した学者でもある。武廟六十四将の一人。詩聖・杜甫は末裔に当たる。

源賀

407年-479年。禿髪傉檀の子。元の姓名を禿髪破羌という。西秦によって南涼が滅亡すると北涼、次いで北魏に亡命した。北涼攻略では先導を務めて功を立てた。拓跋余が宗愛に殺害されると、禁軍を率いて宮中を制圧し拓跋濬を擁立した。病没。

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