閻顕
publish: 2021-12-20, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-125年。河南郡滎陽県の人。閻暢の子。妹を安帝・劉祜の皇后とし、鄧氏一族の没落後は、兄弟揃って重用された。劉祜の死後、劉懿を擁立し外戚としての地位を固めるかに思われたが、劉懿が僅か数百日で没したため叶わず、孫程らの政変が起きると投獄された。順帝・劉保が即位すると処刑された。
関連
劉琨
271年-318年。字は越石。劉蕃の子。漢の中山靖王・劉勝の末裔。司馬倫に従ったが司馬冏に許された。司馬騰が劉淵に敗れて晋陽から鄴へ移転すると、司馬越によって并州刺史に任じられ鮮卑と修好して前趙と争った。西晋滅亡後も并州を維持したが、段匹磾に殺害された。
夏侯玄
209年-254年。字は太初。豫州沛郡譙県の人。夏侯尚の子。昌陵郷侯。太常まで昇る。若くして名声を高めて曹叡からはその軽薄さを嫌悪された。興勢の役として蜀へ出兵するが成功しなかった。九品官人法の実務を批判した。李豊、張緝らと司馬氏一党を除く政変を企み露見して処刑された。
呂隆
?-416年。字は永基。後涼の第4代天王。末主。呂光の弟・呂宝の子。呂纂が呂超らによって殺害されると呂超らに擁立された。相次ぐ内訌により後秦の侵攻に抗えず、降伏して長安に連行された。後に姚弼の謀反に巻き込まれ姚興に処刑された。