張芝 ( ちょうし )

publish: 2021-12-20, update: 2026-04-19

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?-192年。字は伯英。敦煌郡淵泉県の人。張奐の子。崔瑗、杜度に師事して書を学び、草書に優れて草聖のひとりに数えられる。書道の別名である「臨池」とは、書に没頭するあまり庭の池が常に真っ黒であったことに由来する。生前から評価され鍾繇とともに王羲之以前における書の大家であった。

関連

宇文導

511年-554年。字は菩薩。宇文顥の子。宇文泰の甥。北鎮の乱では宇文泰とともに葛栄の軍に加わり後に賀抜岳に従った。東魏戦線では主に留守役を務めて、後備えとして前線を支えたほか、内地の反乱にも対応して、西魏体制の恒久化に貢献した。章武郡開国公まで昇り、皇族に次いで序列が高い。

賈充

217年-282年。字は公閭。賈逵の子。賈南風の父。曹爽の失脚後、司馬氏に取り立てられた。曹髦殺害を指揮して罪に問われなかったように、司馬氏の腹心として絶大な信任を得た。派閥を好み、人事評価は好悪が先んじた。西晋建国の功臣として筆頭に挙がる。病没。

蕭棟

?-552年。字は元吉。梁の第3代皇帝。豫章王。蕭歓の子。蕭衍の曾孫、蕭統の孫。侯景の乱の中、蕭綱を廃した侯景に擁立されて皇帝に即位するが、3か月後には侯景に禅譲を迫られた。侯景を滅ぼした蕭繹に救出されるが、蕭繹の意で殺害された。

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