拓跋鬱律 ( たくばつうつりつ )

publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19

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?-321年。代の第4代王。拓跋弗の子。拓跋猗盧の死後、相続が混乱すると代王に擁立された。各地へ遠征し西は烏孫、東は勿吉を攻略し、鮮卑を北方最強たらしめた。前趙、後趙とも敵対し、前涼の朝貢を受け、東晋の爵位を拒絶した。拓跋猗㐌の妻・惟氏に殺害された。

関連

謝道韞

生没年不詳。字は令姜。謝奕の子。謝玄の姉。謝安の姪。王凝之の妻。才女として知られる詩人。降りしきる雪を風に舞う柳の花に例えて謝安を感嘆させた。柳絮(詠雪)の才の故事成語となる。孫恩の乱では賊を切り殺す気性の激しさを持った。夫とは不仲であった。

王粲

177年-217年。字は仲宣。山陽郡高平県の人。王謙の子。後漢の三公を輩出した名家に生まれた。幼いころに董卓の遷都に従い長安へ移住したが、長引く戦乱を避けて荊州へ移った。劉表には遇されず、劉表の死後は劉琮と共に曹操に帰属した。博識で記憶力に優れ、侍中まで昇った。

陳叔宝

553年-604年。字は元秀。陳の第5代皇帝。後主。陳頊の第1子。父陳頊の死後即位した。施文慶、沈客卿、江総ら奸臣を重用し、自らは飲酒や詩作に耽って政治を顧みなかったため、国政は乱れて国力は衰退した。隋の攻撃に降伏し、警戒されることなく余生を全うした。在位7年。

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