劉子鸞
publish: 2021-08-08, update: 2026-04-19
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456年-465年。字は孝羽。劉駿の子。始平王。襄陽王、新安王から改封された。呉郡太守、南徐州刺史、司徒、中書令などの重職を兼任した。幼少にしてこの待遇であり、常々嫉視していた兄・劉子業から賜死を受けた。死に臨んで再び皇族には生まれたくないと言葉を残した。
関連
高緯
556年-577年。字は仁綱。北斉の第5代皇帝。後主。高湛の第1子。父高湛から帝位を譲られて即位した。和士開、高阿那肱、穆提婆ら奸臣を重用したため、斛律光、高長恭などの重臣、王族たちが讒言によって粛清された。北周の攻撃を受けて逃亡するが捕われ後に殺害された。在位2年。
乞伏乾帰
?-412年。字は高祖。西秦の第2代の王。武元王。乞伏国仁の弟。始め前秦の苻登に従ったが苻登が戦死すると子の苻崇を攻撃し前秦を滅ぼした。亡命を繰り返すも自己の勢力を保持し続け後秦の衰退が顕著になると再び独立した。甥の乞伏公府に殺害される。
拓跋賀傉
?-325年。代の第5代王。拓跋猗㐌の子。拓跋鬱律の死後即位するが、幼年であったため母の惟氏が摂政を行った。後趙とは修好路線をとった。親政を始めると諸族を統率できず、本拠を盛楽から東木根山へ移した。間もなく死去。在位4年。