劉桃枝 ( りゅうとうし )

publish: 2022-05-02, update: 2026-04-19

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生没年不詳。出自は不明で奴隷とされる。高歓以来、北斉の歴代君主に仕えて、時の権力者の汚れ役、実行役として多くの重臣、皇族を処刑した。高徳政、高浚、高渙、高叡、高帰彦、高儼、斛律光と名だたる人物を殺害しながら保身に優れ、北斉の苛烈な権力闘争を全うした。北斉滅亡後の事跡は無い。

関連

賈充

217年-282年。字は公閭。賈逵の子。賈南風の父。曹爽の失脚後、司馬氏に取り立てられた。曹髦殺害を指揮して罪に問われなかったように、司馬氏の腹心として絶大な信任を得た。派閥を好み、人事評価は好悪が先んじた。西晋建国の功臣として筆頭に挙がる。病没。

何進

?-189年。字は遂高。南陽郡宛県の人。何真の子。屠殺業を営む家に生まれたが、妹が後宮に入ったため、潁川太守、侍中、河南尹など歴任し大将軍まで昇った。黄巾の乱を鎮圧したが、後継争いから宦官と激しく対立し各地の軍閥を召集して後の混乱を招いた。参内したところを張譲によって殺害された。

謝恵連

397年-433年。陳郡陽夏県の人。謝方明の子。何長瑜に師事し文才で名を挙げた。男色関係があったほか、喪中に詩を贈ったとして流刑となった。才能を愛した殷景仁に弁護され彭城王・劉義康の属官となった。残した詩文は美文として評価される。

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