司馬倫 ( しばりん )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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?-301年。字は子彝。趙王。司馬懿の第9子。八王の一人。賈南風が司馬遹を廃太子すると、賈南風を教唆して司馬遹を殺害させ、司馬遹殺害の罪で賈氏一族を粛清した。司馬衷を上皇として自ら皇帝を称した。朝廷は混乱し司馬冏らの三王起義を誘発させた。王輿らにより捕縛され、のち毒殺された。

関連

高粛

541年-573年。字は長恭。蘭陵王。高澄の第4子。若くして都督并州諸軍事と并州刺史を兼任し、突厥や北周を相手に歴戦したが、その威名を恐れた高緯から毒薬を賜り自殺した。勇猛さは『蘭陵王入陣曲』として残り、美貌と悲劇的末路から伝説となった。高長恭の名で知られる。

欧陽詢

557年-641年。字は信本。長沙郡臨湘県の人。欧陽紇の子。父・欧陽紇が嶺南で反乱を起こして討伐されると、江総に匿われて養育された。陳の滅亡後は、隋、唐に仕え、王羲之以来の書法を研究した。初唐の三大家、楷書の四大家に数えられる。

司馬鄴

300年-318年。字は彦旗。西晋の第4代皇帝。愍帝。司馬炎の孫。司馬晏の第3子。永嘉の乱で洛陽が陥落すると、長安へ脱出し、荀藩らに擁立された。涼州刺史・張寔の支援を受けるも、西晋の体制は瓦解しており、前趙の執拗な攻撃により長安は陥落した。平陽に拉致されたのち処刑された。

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