司馬乂 ( しばがい )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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277年-304年。字は士度。長沙王。司馬炎の第6子。八王の一人。兄・司馬瑋が罪に問われたとき連座したが、三王起義に加わり中央に戻った。司馬冏が悪政を行うと、司馬顒に協力して司馬冏を捕縛した。まもなく司馬顒、司馬穎と対立し戦況は優位に進んだが、降伏を望む司馬越に裏切られ殺害された。

  • 八王の中で、唯一、司馬乂だけが高い評価を残す。

関連

李績

生没年不詳。字は伯陽。范陽郡の人。李産の子。後趙の范陽郡功曹を務めた。後趙が混乱すると自立した王午に従い主簿となった。父・李産は既に前燕に降伏しており、節義を重んじた王午によって郷里に返され慕容儁に仕えた。昇進を重ねたが、慕容暐の不興を買って章武郡太守に左遷された。

荀藩

245年-313年。字は泰堅。後漢の司空・荀爽の玄孫。荀勗の子。司馬顒が長安に居ながら二元政治を行ったとき、洛陽にいて政治を取り仕切った。永嘉の乱では洛陽から逃亡して臨時政府を立て、司馬睿を盟主とした。司馬鄴を迎えたが、長安遷都には従わなかった。司空まで昇る。病没。

馮跋

?-430年。字は文起。北燕の第2代天王。文成帝。馮安の子。慕容熙の不信を得て一時隠遁していたが、皇后苻訓英の葬儀の隙をつき高雲を擁立して慕容熙を処刑した。高雲が殺害されると群臣に推戴されて天王を称した。治政は安定したが晩年は後継争いが起きた。病没。

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