李績 ( りせき )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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生没年不詳。字は伯陽。范陽郡の人。李産の子。後趙の范陽郡功曹を務めた。後趙が混乱すると自立した王午に従い主簿となった。父・李産は既に前燕に降伏しており、節義を重んじた王午によって郷里に返され慕容儁に仕えた。昇進を重ねたが、慕容暐の不興を買って章武郡太守に左遷された。

関連

李蕩

?-303年。字は仲平。李特の子。父に従って益州に入り、李特が羅尚と対立すると共に戦った。羅尚の奇襲により李特が戦死した後も、李流の指揮下で抗戦した。羅尚の勢力を覆す善戦をしたが傷がもとで没した。学問に通じ容姿が美しかった。

蕭宝融

488年-502年。字は智昭。蕭斉の第7代皇帝。和帝。蕭鸞の第8子。人心を失った蕭宝巻打倒を目指す蕭衍に擁立されて皇帝に即位した。蕭衍が蕭宝巻を殺害して建康を平定すると、蕭衍に皇帝の位を譲った。蕭衍により巴陵王に封じられるがまもなく殺害された。在位1年。

陸法和

?-558年。出自は定まらない。貧道を自称して多数の弟子を取った宗教指導者。侯景が乱を為すと蕭繹に従い、任約や蕭紀を相手に戦った。蕭繹の即位と共に累進するが、指導者の立場を崩さず独自路線を採り、西魏が江陵を制圧すると北斉の高岳に降った。高官を務めつつ道士として全うした怪人物。

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