段韶
publish: 2022-03-08, update: 2026-04-19
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?-571年。字は孝先、小名は鉄伐。武威郡姑臧県の人。段栄の子。母・婁信相が高歓の妻・婁昭君の姉であったため高歓から信任され栄転した。歴戦の将軍でありながら地方行政の治績が高く宰相職を歴任した。斛律光、高粛ともに北斉を支えた重鎮。病没。
関連
孫秀
?-301年。字は俊忠。琅邪郡の人。初め潘岳に仕えたが、狡猾、貪淫と評され度々処罰を受けた。司馬倫が琅邪王の頃に仕え、文章を賞されて累進した。多くの謀事に関り、司馬遹の殺害、賈氏の誅殺など数多の凶行を主導した。朝廷を専断して諸王の挙兵を招き、内部から呼応した趙泉に斬られた。
苻法
?-357年。字は永則、幼名は阿法。苻雄の庶長子。清河王。苻生殺害の政変を決行し、弟の苻堅に皇帝即位を促した。憚った苻堅は皇帝ではなく大秦天王を称した。賢明で人望があったがゆえに、苻堅の生母・苟氏に猜疑され賜死を受けた。
楊駿
?-291年。字は文長。一族の楊艶、楊芷が司馬炎の皇后となった。外戚として権力を集め、重職を委ねられるようになったが、能力に不足し人望は高まらなかった。専横を憎む賈南風一派の政変によって失脚し、一族もろとも処刑された。暗愚だったが、敵対者を無暗に殺害しなかった。