姚興 ( ようこう )

publish: 2021-10-26, update: 2026-04-19

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366年-416年。字は子略。後秦の第2代皇帝。文桓帝。姚萇の子。前秦の残党を滅ぼし関中一帯を統一した。一時は西秦、南涼、北涼、西涼、後蜀を属国としたが、西秦や夏の独立、北魏の圧迫によって国威は徐々に衰退した。在位22年。熱心な仏教徒であった。

関連

元悦

494年-532年。汝南文宣王。第6代皇帝・拓跋宏の子。兄・元懌が元叉に殺害されると、元叉に阿って高位に上った。爾朱栄によって河陰の変が起こると、難を逃れて梁へ亡命した。梁の後援を得て皇帝に即位し洛陽に入った。爾朱氏が滅びると、洛陽を押さえた高歓によって殺害された。

堅鐔

?-50年。字は子伋。潁川郡襄城県の人。劉秀が河北攻略中に推挙されて主簿となった。河北平定、洛陽攻略に功があった。萬脩とともに董訢を討伐すると鄧奉の反乱に遭い一年に渡って孤立したが、劉秀の親征まで任地を死守した。左曹、合肥侯。

劉毅

?ー412年。字は希楽。小字は盤龍。沛郡沛県の人。徐州で任官して桓弘の属官となった。桓玄が楚を立てると劉裕、何無忌と共に挙兵して江北を制圧した。東晋復興と続く盧循の乱で功績を残したが、自負が強く劉裕と折り合わず、劉裕から謀反の嫌疑をかけられて自害した。

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