姚興 ( ようこう )

publish: 2021-10-26, update: 2026-04-19

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366年-416年。字は子略。後秦の第2代皇帝。文桓帝。姚萇の子。前秦の残党を滅ぼし関中一帯を統一した。一時は西秦、南涼、北涼、西涼、後蜀を属国としたが、西秦や夏の独立、北魏の圧迫によって国威は徐々に衰退した。在位22年。熱心な仏教徒であった。

関連

張耀霊

343年-355年。字は元舒。前涼の第6代君主。哀公。張重華の次男。張重華が病を患うと10歳で世子に立てられる。張重華は謝艾に後見を任せようとしたが、遺詔は捏造され張祚に摂政が委ねられた。幼年を理由に張祚に廃され復位の兆しが出ると殺害された。

蕭賾

440年-493年。字は宣遠。蕭斉の第2代皇帝。武帝。蕭道成の第1子。父蕭道成の死後皇帝に即位した。国力増強に傾注し、検地の実施、戸籍の整理などに行政手腕を発揮した。政治にも明るく貴族に対抗する皇帝権力の強化に務めた。在位中は国内が安定した。在位11年。

李期

314年-338年。字は世運。成漢の第3代皇帝。幽公。初代皇帝李雄の四男。兄の李越と共に第2代皇帝李班を殺害し即位する。奸臣を重用し悪政を敷いたため国力の衰退を招いた。成漢の重鎮李寿が奸臣の排斥を名目に軍を起こすと、廃位され邛都県公に落された。在位5年。

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