曹嶷
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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?-323年。劉柏根の反乱に従ったが、その死後は王弥の下で前趙に帰順した。王弥が石勒に殺害されると、独立を強めて青州一帯に勢力を築いた。東晋と修好したが、前趙を滅ぼした後趙の攻撃を受けると、各地で撃破されて降伏した。石虎に襄国へと送致され、石勒によって処刑された。
関連
司馬奕
342年-386年。字は延齢。東晋の第7代皇帝。廃帝。司馬衍の第2子。兄司馬丕の死後即位する。失政によってその勢力を弱体化させつつあった桓温に簒奪を謀られ、廃位されて海西公に降格された。その後は朝廷からの警戒をそらし続けた。病没。在位7年。
李恂
?-421年。西涼の第3代君主。末主。李暠の第5子。兄・李歆が北涼の沮渠蒙遜に大敗し処刑されると、首都酒泉から残党をまとめて旧都敦煌へ逃れた。北涼の追跡を退けて敦煌を支配するも、改めて北涼の攻撃を受けた。籠城のすえ敗れて自害した。
桓温
312年-373年。字は元子。桓彝の子。庾翼の後を継いで西府を統括した。成漢の討伐、中原の回復、大規模な土断に成功して、東晋史上最大級の功を成した。司馬奕を廃して司馬昱を擁立し、簒奪の準備を進めたが、謝安らの反対に遭い禅譲は実現しなかった。病没。