拓跋猗㐌
publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19
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267年-305年。鮮卑族の中部拓跋部の大人。拓跋沙漠汗の子。叔父の拓跋禄官が拓跋部を三分割すると中部を統治した。北方の諸族を攻略したほか、西晋と結んで勃興した前趙と戦った。大柄で馬が潰れるため牛車に乗っていた。
関連
杜茂
? - 43年。字は諸公。南陽郡冠軍県の人。劉秀が河北を攻略するなか合流した。北方に割拠した盧芳の対応に当たり、馬成が後任するまで長らく匈奴の侵入に備えた。横領、殺人教唆で免官、減俸を受けた。驃騎大将軍、参蘧侯。
王融
467年-493年。字は元長。名門貴族である琅邪王氏の出身。王道琰の子。竟陵八友の一人。蕭賾の死後、蕭子良を擁立するが、蕭子良に即位の意思はなく、蕭鸞が蕭昭業を奉じて強く反対したため、蕭昭業の即位の後、逮捕され、ほどなく自殺を命じられた。
于謹
493年-568年。字は思敬。小名は巨弥。河南郡洛陽県の人。于提の子。六鎮の乱では元纂、元淵の配下として軍事に預かった。爾朱天光の下で賀抜岳、宇文泰の信頼を得た。北周成立時は宇文護の政権掌握に加担した。病没。孫氏の兵書を好んだ。元天穆に王佐の材と評された。