拓跋猗㐌 ( たくばついい )

publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19

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267年-305年。鮮卑族の中部拓跋部の大人。拓跋沙漠汗の子。叔父の拓跋禄官が拓跋部を三分割すると中部を統治した。北方の諸族を攻略したほか、西晋と結んで勃興した前趙と戦った。大柄で馬が潰れるため牛車に乗っていた。

関連

江総

519年-594年。字は総持。江紑の子。西晋から続く名門貴族の出身。尚書令の重職にありながら詩文を作るのみで、狎客と批判を受けた。陳叔宝の政治的暗愚を助長し、奸臣とも評される。優れた詩文は高く評価されるが、亡国の臣という経歴を伴って軽薄だとも評価される。

王羲之

303年-361年。字は逸少。王曠の子。王導、王敦の従兄弟甥。人格と才覚を評価されて度々要職へ任官されたが、その度に辞退し地方官への任官を望んだ。後に会稽郡に移住し悠々自適と精進の中から楷書・行書・草書の各書を確立させた。書の芸術性を見出したとされ書聖と称される。

石琨

?-352年。汝陰王。石虎の子。石虎の死後は石遵や冉閔に従ったが、冉閔が独自に国号を改めると、冀州を拠点に襄国の石祗と呼応した。冉閔に対して一進一退したが、石祗が劉顕に殺害されると東晋へ亡命した。東晋において亡命は許されず、建康にて処刑された。

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