陳頊 ( ちんぎょく )

publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19

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530年-582年。字は紹世。陳の第4代皇帝。宣帝。陳霸先の兄陳道談の第2子。陳蒨の死去にあたって劉師知や到仲挙らとともに陳伯宗の補佐を託されるが、劉師知や到仲挙を排除して陳伯宗を廃位し、皇帝に即位した。内政に力を注いだが、北斉を滅ぼした北周に圧迫された。在位13年。

関連

干宝

?-336年。字は令升。汝南郡新蔡県の人。干統の孫。干瑩の子。代々呉の官吏を務めた。王導の推薦を受けて史官となり、国史を編纂した。著作郎を経て散騎常侍まで昇る。幅広く著作を残し、『晋紀』『周易注』『春秋左氏函伝義』『周官礼注』『捜神記』がある。

張祚

?-355年。字は太伯。前涼の第7代君主。威王。張駿の庶長子。張重華の遺詔を隠匿し自らを張耀霊の後見とし権力を掌握する。後に位を簒奪し、王を称した。乱暴で政治を顧みず人心を失ったため、張瓘・宋混らの反乱を招き殺害された。

王敦

266年-324年。字は処仲。王基の子。王導の従兄。司馬睿と共に江東に移った。行政を取り仕切った王導に対して軍権を掌握した。王氏の強権を警戒した司馬睿に忌避されたため、反乱を起こして政敵を粛清した。司馬紹から討伐の勅命が出され、再び反乱を起こしたが病没した。

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