馮弘
publish: 2021-11-06, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-438年。字は文通。北燕の第3代天王。昭成帝。馮安の子。馮跋の弟。馮跋が病床に伏せると外戚の宋氏が馮翼の廃嫡を謀ったため乗じて反乱を起こした。馮跋が病没すると天王に即位し馮翼を殺害した。北魏の攻撃を受けて高句麗に亡命するが北魏を恐れる高句麗によって殺害された。
関連
劉桃枝
生没年不詳。出自は不明で奴隷とされる。高歓以来、北斉の歴代君主に仕えて、時の権力者の汚れ役、実行役として多くの重臣、皇族を処刑した。高徳政、高浚、高渙、高叡、高帰彦、高儼、斛律光と名だたる人物を殺害しながら保身に優れ、北斉の苛烈な権力闘争を全うした。北斉滅亡後の事跡は無い。
張天錫
346年-406年。字は純嘏。前涼の第9代君主。悼公。張駿の末子。張邕が政治を壟断したおり武力をもって張邕を自殺に追い込んだ。まもなく張玄靚を殺害し位を奪った。前秦の攻撃を受けこれに降伏した。在位13年。淝水の戦いでは東晋に降伏し半生を建康で過ごした。
高儼
558年-571年。字は仁威。琅邪王。高湛の子。高緯の弟。若くして聡明、剛毅であり、顕職を兼任して強力な権限を持った。専横する和士開を弾劾し処刑せしめたが、軍を動員して高緯に従わなかったため鄴に幽閉された。属官らは捕縛、処刑され、その影響力を恐れた高緯に殺害された。