劉聡 ( りゅうそう )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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?-318年。字は玄明。前趙の第3代皇帝。昭武帝。劉淵の四男。劉淵の死後、帝位は長男の劉和が継いだが劉和は兄弟の誅殺を試みた。事前にこれを知った劉聡は劉和を捕え処刑して皇帝として即位した。洛陽・長安を攻略し西晋を滅亡させるも、後年は国を乱した。病により死去。在位9年。

関連

慕容忠

?-386年。西燕の第5代皇帝。慕容泓の子。慕容瑤の死後、慕容永に擁立された。建武と改元して聞喜まで東進を進め燕熙城を築いて拠点とした。まもなく刁雲に殺害された。

慕容凱

?-386年。西燕の第3代王。慕容皝の孫。慕容桓の子。慕容恒、慕容永により段随が殺害されると、燕王として擁立された。建明と改元し、諸部族を率いて長安を放棄し東進した。臨晋県に至って慕容恒の弟・慕容韜に殺害された。

解思明

?-345年。出自は不明。李寿の長史に任じられた。李寿が皇帝・李期と対立すると羅恒とともに謀り、成都を占拠して李期を廃し東晋に従属することを進言した。李寿の死後、李勢の後継として皇太弟を立てることを求めたため、李勢の怒りを買って処刑された。諫臣。

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