苻丕
publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19
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?-386年。字は永叔。前秦の第4代皇帝。哀平帝。苻堅の庶長子。淝水の戦い以後関東が混乱に陥ると、自立した後燕の慕容垂から鄴を堅守しその後晋陽へ本拠を移した。父苻堅が殺害されると皇帝に即位した。襄陵の戦いで西燕に敗れると東晋の攻撃を受け敗死した。
関連
張芝
?-192年。字は伯英。敦煌郡淵泉県の人。張奐の子。崔瑗、杜度に師事して書を学び、草書に優れて草聖のひとりに数えられる。書道の別名である「臨池」とは、書に没頭するあまり庭の池が常に真っ黒であったことに由来する。生前から評価され鍾繇とともに王羲之以前における書の大家であった。
黄泓
284年?-381年?。字は始長。魏郡斥丘県の人。黄沈の子。永嘉の乱が起こると薊へ避難し、王浚を昏暴と評し慕容廆に仕えた。天文学に通じ、学者として史官や太史令を務めた。その学識から歴代の謀主や参軍などの相談役、軍師職を兼任した。前燕滅亡時まで健在だったが老齢のため前秦には仕えなかった。享年97という。
陸法和
?-558年。出自は定まらない。貧道を自称して多数の弟子を取った宗教指導者。侯景が乱を為すと蕭繹に従い、任約や蕭紀を相手に戦った。蕭繹の即位と共に累進するが、指導者の立場を崩さず独自路線を採り、西魏が江陵を制圧すると北斉の高岳に降った。高官を務めつつ道士として全うした怪人物。