苻丕
publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-386年。字は永叔。前秦の第4代皇帝。哀平帝。苻堅の庶長子。淝水の戦い以後関東が混乱に陥ると、自立した後燕の慕容垂から鄴を堅守しその後晋陽へ本拠を移した。父苻堅が殺害されると皇帝に即位した。襄陵の戦いで西燕に敗れると東晋の攻撃を受け敗死した。
関連
馮弘
?-438年。字は文通。北燕の第3代天王。昭成帝。馮安の子。馮跋の弟。馮跋が病床に伏せると外戚の宋氏が馮翼の廃嫡を謀ったため乗じて反乱を起こした。馮跋が病没すると天王に即位し馮翼を殺害した。北魏の攻撃を受けて高句麗に亡命するが北魏を恐れる高句麗によって殺害された。
悦綰
?-368年。鮮卑の人。慕容皝に服属した大人の一人。後趙の遠征を退けるなど一軍を率いて活躍した。并州刺史、尚書左僕射を歴任した。慕容評が悪政を行うと、上奏して多くの不正を摘発した。前秦の侵攻を前に病没するが、慕容評による暗殺の風聞も流れた。
范曄
398年-445年。字は蔚宗。南陽郡順陽県の人。会稽郡山陰県の生まれ。范寧の孫。范泰の子。名門、順陽范氏の人。奇特ともいうべき奔放さがあり、度々不祥事を起こしては避難を買った。左遷された任地で『後漢書』を編纂した。後に、劉義康の反乱に加担したとして処刑され、一門は断絶した。