李特
publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19
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?-303年。巴氐の出身。斉万年の乱の時、流民となり蜀に移住する。趙廞の乱ではこれに従うが、趙廞が彼の弟を殺害したために、逆に趙廞を殺し実質的な蜀の支配者となる。のち益州刺史として赴任した羅尚と対立し、改元・自立を宣言した。羅尚に対して一時は優勢を維持するも戦死した。
関連
高演
535年-561年。字は延安。北斉の第3代皇帝。孝昭帝。高歓の第6子。高殷が即位すると、輔弼した楊愔、燕子献、宋欽道を偽勅で処刑し権力を掌握した。太皇太后婁昭君と結託して高殷を廃し自ら皇帝に即位した。落馬で重体となり死期を悟ると弟高湛に帝位を譲った。在位1年。
張春華
189年-247年。河内郡平皋県の人。春華は諱。張汪の娘。司馬懿の妻。司馬師、司馬昭らの母。晋が立てられてから皇后を追贈された。諡は穆。宣穆皇后。若くして徳行を持ち、知識は人並を外れていたと評価される。気丈にして果断な性格が記録として残る。
慕容策
386年-398年。濮陽王。慕容宝の子。美少年と記録が残る。父・慕容宝からは愛され、慕容会が太子から廃されると新たな太子として立てられた。段速骨、および蘭汗が反乱すると、擁立されたが、間もなく殺された。