李特
publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19
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?-303年。巴氐の出身。斉万年の乱の時、流民となり蜀に移住する。趙廞の乱ではこれに従うが、趙廞が彼の弟を殺害したために、逆に趙廞を殺し実質的な蜀の支配者となる。のち益州刺史として赴任した羅尚と対立し、改元・自立を宣言した。羅尚に対して一時は優勢を維持するも戦死した。
関連
元法僧
454年-536年。元鍾葵の子。拓跋珪の第3子・拓跋煕の曾孫。益州刺史に任じられるが統治は拙く、徐州刺史に転任した。元叉による粛清を恐れて、彭城にて挙兵し、皇帝を自称した。梁に救援を求め、北魏と戦いつつ梁へ亡命した。梁の武帝・蕭衍によって東魏王に封じられるが、間もなく病没した。
司馬越
?-311年。字は元超。東海王。司馬馗の孫。司馬泰の子。八王の一人。司馬乂を裏切って殺害した。司馬穎、司馬顒と対立して一時劣勢となるが、王浚らの援軍を得て司馬穎、司馬顒の排斥に成功した。司馬衷の死後、司馬鄴を擁したが、拡大する前趙を抑えられないまま、陣没した。
元恭
498年-532年。北魏の第11代皇帝。節閔帝、または前廃帝。拓跋宏の弟元羽の子。爾朱世隆らに元曄が廃立されると代わって擁立された。既に北魏の朝廷は混乱を極め、高歓に擁立された元朗、梁に支援された元悦が並び立った。爾朱天光らが高歓に敗れたため高歓によって殺害された。