慕容渉帰
publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19
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?-283年。鮮卑慕容部の大人。慕容木延の子。慕容廆の父にあたる。西晋への一貫した従属関係に変化をもたらし、遼東へ移住して西晋に離反した。
関連
徐栄
?-192年。幽州玄菟郡の人。字や出自は明らかでない。董卓に従って中郎将となった。曹操、鮑信、孫堅らと戦って勝利を重ね、董卓の軍事面を大いに支えた。董卓の死後は王允に従い、長安を攻める李傕、郭汜らを迎撃したが、胡軫、楊定らに裏切られ戦死した。
靳準
?-318年。匈奴屠各種の出身。3人の娘を皇后に輩出し、外戚として地位を確立した。皇太弟・劉乂など政敵を失脚せしめた。のちに、第4代皇帝・劉粲を殺害し乱を成した。胡人で天子になった者はいないとし、皇帝ではなく天王を称して東晋への従属を図った。劉曜に包囲されて配下に殺害された。
杜預
222年-284年。字は元凱。杜畿の孫、杜恕の子。前漢の御史大夫・杜周の末裔。蜀、呉の討伐に深く関わった。政策に無駄がなく杜武庫の異名をとった。破竹の勢いの語源を残した。春秋左氏伝を研究した学者でもある。武廟六十四将の一人。詩聖・杜甫は末裔に当たる。