慕容渉帰 ( ぼようしょうき )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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?-283年。鮮卑慕容部の大人。慕容木延の子。慕容廆の父にあたる。西晋への一貫した従属関係に変化をもたらし、遼東へ移住して西晋に離反した。

関連

李暠

351年-417年。字は玄盛。西涼の創始者。武昭王。李昶の子。隴西郡狄道県を本貫とする隴西李氏。段業が後涼から独立して北涼を建てたとき敦煌太守となる。晋昌太守の唐瑶に推戴されて北涼から独立した。殖産と貿易により内政を安定させ、漢文化の保持に務めた。病没。

慕容隆

?-397年。後燕の高陽王。慕容垂の子。兄・慕容農と共に父の進退に従った。苻丕を軍を破るなど各地を転戦、慰撫し、慕容農に次ぐ人望と名声を得た。慕容垂の死後は、一貫して慕容宝を支援した。後継問題を機に謀叛した慕容会に暗殺された。

徐統

?-349年。後趙の右光禄大夫、司隷校尉、侍中を歴任した。人を見る目を持ち、若き頃の王猛や苻堅を見出したと逸話が残る。石虎の死後、張豺らが朝政を乱すと、乱には預かれぬとして自殺した。後に、末子である徐攀は苻堅に取り立てられ、琅邪郡太守となった。

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