李班 ( りはん )

publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19

章節

標籤

288年-334年。成漢の第2代皇帝。哀帝。李雄の兄李蕩の子。時の皇帝李雄の甥であったが、李雄は兄李蕩こそが正当な継承者と考えていたため立太子される。李雄の死後その後を継ぐが、皇位継承に不満を持った李雄の子李越に暗殺される。在位は1年に満たない。

関連

李弼

494年-557年。字は景和。遼東郡襄平県の人。李永の子。爾朱天光に従って関中に入り軍功を立てた。勇猛であり常に先鋒を務めたため、当たるもの無しと恐れられた。賀抜岳を殺害した侯莫陳悦に宇文泰への降伏を促したが、入れられなかったため自身は宇文泰に降伏した。東魏戦線を転戦して西魏の重鎮となる。病没。

司馬聃

343年-361年。字は彭子。東晋の第5代皇帝。穆帝。司馬岳の第1子。司馬岳の死後、2歳で即位した。治世は太后の褚蒜子、何充、司馬昱らによって運営された。成漢を併呑し、洛陽を奪還するなど領土の拡大に成功した。若くして病没した。在位17年。

杜預

222年-284年。字は元凱。杜畿の孫、杜恕の子。前漢の御史大夫・杜周の末裔。蜀、呉の討伐に深く関わった。政策に無駄がなく杜武庫の異名をとった。破竹の勢いの語源を残した。春秋左氏伝を研究した学者でもある。武廟六十四将の一人。詩聖・杜甫は末裔に当たる。

page /opt/build/repo/content/dynasties/304_成漢/hongi/4_334_李班.md