李班
publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19
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288年-334年。成漢の第2代皇帝。哀帝。李雄の兄李蕩の子。時の皇帝李雄の甥であったが、李雄は兄李蕩こそが正当な継承者と考えていたため立太子される。李雄の死後その後を継ぐが、皇位継承に不満を持った李雄の子李越に暗殺される。在位は1年に満たない。
関連
王覇
?-59年。字は元伯。潁川郡潁陽県の人。元は獄吏だった。劉秀が潁川に至って以来その創業に参加した。河北平定では、進退窮まった一行に虖池河が凍り付いて渡河が可能であると偽りの報告をし、事実凍っていたため活路を見出した逸話がある。河北の苦難から「疾風、勁草を知る」と劉秀に評された。杜茂、馬成とともに長らく北辺に鎮した。上谷太守、淮陵侯。
祖逖
266年-321年。字は士稚。祖武の子。西晋の各王の属官を歴任したため、八王の乱が進むと各王から召集されたが、いずれにも応じなかった。永嘉の乱で洛陽が陥落すると一族を挙げて徐州へ移住した。司馬睿により徐州刺史に任じられ、河南の地を後趙から奪還した。病没。
高澄
521年-549年。字は子恵。高歓の子。強い政治力をもって高歓の死後、東魏の実権を掌握したが、梁の降臣・蘭京に殺害された。実権は弟の高洋が継いだ。元善見を狗脚の朕と罵倒した苛烈な性格の持ち主。美男子と評される。