阮佃夫
publish: 2021-08-09, update: 2026-04-19
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427年-477年。会稽郡諸曁県の人。元嘉年間に湘東王劉彧に仕えて劉彧に信任された。劉彧が劉子業に監禁されると、諸方と連絡を取り合って劉子業の廃位を計画、実行した。対抗する反乱には軍を率いて転戦した。劉彧の死後、劉昱の廃位を実行したが失敗し処刑された。
関連
張玄靚
350年-363年。字は元安。前涼の第8代君主。沖公。張重華の末子。張祚が殺害されると宋混らに擁立される。幼年で跡を継いだため張瓘、宋混、張邕、張天錫と摂政を巡って権臣たちの勢力争いが続いた。最後は張天錫によって殺害された。在位9年。
蘇峻
?-328年。字は子高。長広郡挺県の人。西晋の安楽相・蘇模の子。永嘉の乱では掖県にて塢壁を築き、内外の評価を得た。青州を実効支配した曹嶷の討伐を受けると広陵へと避け、東晋の麾下に入った。王敦の乱で功績を挙げ高位に上ると、庾亮に異心を疑われ反乱した。一時は建康を落すも陶侃らの反攻を受け敗死した。
紀瞻
253年-324年。字は思遠。紀陟の子。顧栄や周玘らと共に陳敏の反乱を鎮圧した。江南に駐屯した司馬睿に仕え、王導と共に司馬睿の皇帝即位を推進した。司馬紹から社稷の臣と評され、爵位は臨湘県侯、官職は散騎常侍、驃騎将軍まで昇る。病没。五儁の一人。