麹允 ( きくいん )

publish: 2021-04-24, update: 2026-04-19

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?-316年。金城郡の大豪族の出身。長安陥落時に逃走し、賈疋を説得して長安を奪還した。閻鼎を弾劾して政治を主導した。前趙と一進一退を繰り返すも、人心を得られず、長安は陥落した。平陽に連行されたのち自害したが、同時にその忠義を劉聡から評価された。

関連

蕭棟

?-552年。字は元吉。梁の第3代皇帝。豫章王。蕭歓の子。蕭衍の曾孫、蕭統の孫。侯景の乱の中、蕭綱を廃した侯景に擁立されて皇帝に即位するが、3か月後には侯景に禅譲を迫られた。侯景を滅ぼした蕭繹に救出されるが、蕭繹の意で殺害された。

慕容忠

?-386年。西燕の第5代皇帝。慕容泓の子。慕容瑤の死後、慕容永に擁立された。建武と改元して聞喜まで東進を進め燕熙城を築いて拠点とした。まもなく刁雲に殺害された。

釈道安

314年-385年。姓は衛。常山郡扶柳県の人。12歳で出家し仏図澄を師とした。仏図澄の死後は各地を流転し門徒を増やした。襄陽に移って檀渓寺に住む頃には盛況した。前秦の襄陽攻略で長安に連行され、以後苻堅をパトロンとした。仏教の研究のほか、鳩摩羅什の招聘や東晋遠征の反対などの建言を行った。

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