麹允
publish: 2021-04-24, update: 2026-04-19
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?-316年。金城郡の大豪族の出身。長安陥落時に逃走し、賈疋を説得して長安を奪還した。閻鼎を弾劾して政治を主導した。前趙と一進一退を繰り返すも、人心を得られず、長安は陥落した。平陽に連行されたのち自害したが、同時にその忠義を劉聡から評価された。
関連
李流
248年-303年。巴氐の出身。兄の李特に従い流民と共に転戦した。李特が戦死すると李特の勢力は大きく動揺したが、甥の李雄らの武勇もあって羅尚を救援する荊州軍を撤退させた。しかしまもなく病が篤くなり、李雄を後継者に指名して死去した。兄李特の戦死から僅か七ヶ月後であった。
王永
?-386年。北海郡劇県の人。王猛の子。扶風郡太守を務め幽州刺史となった。淝水の戦い以後、続発する反乱に尽力した。苻堅の処刑が河北に伝わると、苻丕を皇帝に推戴し諸国へ檄を飛ばした。晋陽を拠点として交戦したが、西燕の攻撃を受けて戦死した。
慕容泓
?-384年。西燕の創建者。慕容儁の子。前燕の済北王。前燕の滅亡に際して関中へ移住した。慕容垂が河北で反乱すると追って挙兵した。強永、苻叡を撃破して東進し慕容沖と合流した。慕容沖を擁立しようとする高蓋らに殺害された。兄・慕容暐を憚って皇帝に即位しなかった。