麹允
publish: 2021-04-24, update: 2026-04-19
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?-316年。金城郡の大豪族の出身。長安陥落時に逃走し、賈疋を説得して長安を奪還した。閻鼎を弾劾して政治を主導した。前趙と一進一退を繰り返すも、人心を得られず、長安は陥落した。平陽に連行されたのち自害したが、同時にその忠義を劉聡から評価された。
関連
陶侃
259年-334年。字は士行。陶丹の子。劉弘に招聘されて張昌の乱を皮切りに江南に続出した反乱を鎮圧した。やがて江南を支配する司馬睿に帰順すると、杜弢、王敦、蘇峻の乱で功を成し西府軍団の母体を築いた。晩年は襄陽を回復した。朝廷への干渉を慎み続けた。病没。
高開
?-352年。渤海郡蓨県の人。高瞻の子。父の高瞻は東夷校尉・崔毖に属したが、崔毖が慕容廆に敗れると憂死した。慕容儁の代に仕官し、昌黎郡太守となった。前燕の中原進出に従軍し、慕容恪に献策して不利な前燕軍を立て直した。冉閔との乱戦のなか傷を受け病没した。
王球
393年-441年。字は倩玉。琅邪郡臨沂県の人。王謐の子。王導の玄孫。太守として統治に優れ、中央に入って侍中、州大中正、中書令を歴任した。権臣との過度な交流を避け顔延之ら文人との交友を持った。持病のため解任されたが無官のまま劉義隆の諮問が絶えなかった。