李歆 ( りきん )

publish: 2021-11-12, update: 2026-04-19

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?-420年。字は士業。西涼の第2代公。後主。李暠の第2子。父の死後公位を継ぐ。父・李暠の政策を継承し東晋に臣従した。刑賞の乱れや財政難を起こし失政が続いた。北涼への遠征を強行するも、逆に北涼の沮渠蒙遜に大敗し捕らえられて処刑された。

関連

羊献容

?-322年。羊玄之の子。泰山羊氏の出自。母が孫旂の娘であったことから、司馬倫が賈南風を廃位したとき孫秀によって恵帝皇后に擁立された。その後、八王の乱で主導者が入れ替わるたびに廃位と復位を繰り返した。洛陽陥落時には平陽へ連行され劉曜に保護され、後に皇后となった。皇后となること七度に及ぶ。

木杆

?-572年。突厥第3代可汗。伊利の子。兄・乙息記が夭折したため後を継いで可汗に即位した。柔然、嚈噠、契丹、契骨など周辺勢力を相次いで征服し、北方に一大勢力を築いた。北周、北斉の争いを利用して漁夫の利を取り、両国を圧迫した。死後は、内紛と北周による華北統一から東西に分裂した。

慕容農

?-398年。後燕の遼西王。慕容垂の子。前秦への亡命、前秦からの独立では常に父に従った。河北辺縁を攻略し前燕の旧都・龍城に駐屯し統治した。各地の平定に貢献したが、参合陂の戦いの敗北後は施政も乱れた。慕容垂の死後、一族が散り散りになる中で慕容宝を支えたが、段速骨の反乱に降伏、暗殺された。

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