司馬遹
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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278年-300年。字は煕祖。司馬衷の子。聡明さを祖父・司馬炎に溺愛されたが、成長と共に学問から遠ざかり、次第に評判を失った。実子のいない賈南風から疎まれ、賈謐と対立した。賈南風によって謀叛の罪を着せられて、廃太子ののち、庶人に落とされた。まもなく賈南風によって暗殺された。
関連
陶侃
259年-334年。字は士行。陶丹の子。劉弘に招聘されて張昌の乱を皮切りに江南に続出した反乱を鎮圧した。やがて江南を支配する司馬睿に帰順すると、杜弢、王敦、蘇峻の乱で功を成し西府軍団の母体を築いた。晩年は襄陽を回復した。朝廷への干渉を慎み続けた。病没。
李洪
生没年不詳。渤海郡蓨県の人。李臻の孫。永嘉の乱では潁川郡定陵県に移住し舞陽にて塢壁を築いた。王浚によって雍州刺史に任じられるが、後に慕容皝に帰順した。昇進を重ねて司空まで昇る。前燕滅亡時に長安に送られ駙馬都尉に任じられた。やがて没した。
王融
467年-493年。字は元長。名門貴族である琅邪王氏の出身。王道琰の子。竟陵八友の一人。蕭賾の死後、蕭子良を擁立するが、蕭子良に即位の意思はなく、蕭鸞が蕭昭業を奉じて強く反対したため、蕭昭業の即位の後、逮捕され、ほどなく自殺を命じられた。