劉隆
publish: 2021-12-03, update: 2026-04-19
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105年-106年。殤帝。後漢の第5代皇帝。劉肇の子。劉肇が没したとき、兄・劉勝が病床にあったため、生後百余日と表現される赤子でありながら即位した。皇太后・鄧綏とその兄・鄧騭によって朝政は運営されたが、まもなく病没した。中華史上、最年少の皇帝とされる。
関連
劉和
?-310年。前趙の第2代皇帝。廃帝。劉淵の子。劉淵の死後その後を継ぐ。外戚の呼延攸に教唆され権力掌握のため宗族の一掃を企てた。しかし計画は疎漏で内部に疑心暗鬼を招き逆に劉聡の攻勢を受けた。劉聡によって捕縛されたのち処刑された。在位僅か6日。
謝道韞
生没年不詳。字は令姜。謝奕の子。謝玄の姉。謝安の姪。王凝之の妻。才女として知られる詩人。降りしきる雪を風に舞う柳の花に例えて謝安を感嘆させた。柳絮(詠雪)の才の故事成語となる。孫恩の乱では賊を切り殺す気性の激しさを持った。夫とは不仲であった。
禿髪傉檀
365年-415年。南涼の第3代王。景王。禿髪思復鞬の子。禿髪烏孤・禿髪利鹿孤の弟。南涼の都督中外諸軍事。禿髪利鹿孤の病没により王位を継承した。乞伏熾磐が出奔したときその妻子を解放した。北涼を攻めるも攻略を果たせず西秦の攻撃に降伏した。後に毒殺された。