劉隆 ( りゅうりゅう )

publish: 2021-12-03, update: 2026-04-19

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105年-106年。殤帝。後漢の第5代皇帝。劉肇の子。劉肇が没したとき、兄・劉勝が病床にあったため、生後百余日と表現される赤子でありながら即位した。皇太后・鄧綏とその兄・鄧騭によって朝政は運営されたが、まもなく病没した。中華史上、最年少の皇帝とされる。

関連

梁平老

?-372年。略陽郡の人。氐族。苻堅に早くから使えて昇進し、苻生の代では特進、領御史中丞になった。苻生の暴虐のために政変に加担した。使持節、都督北藩諸軍事、鎮北大将軍として長らく北方を治めた。病没。

元朗

513年-532年。北魏の第12代皇帝。安定王、または後廃帝。拓跋濬の甥元彬の孫、元融の第3子。反爾朱氏を掲げて挙兵した高歓に擁立されて即位した。高歓が爾朱氏を滅ぼすと廃位された。安帝王に降格され同年、高歓によって殺害された。

司馬睿

276年-323年。字は景文。東晋の初代皇帝。元帝。司馬懿の曾孫、司馬伷の孫。父司馬覲が死去すると琅邪王を継ぐ。鄴で司馬穎の監視下に置かれたが脱出して琅邪に帰還した。王導の献策に従い建業へ移った。愍帝が殺害されると皇帝に即位した。五馬王の筆頭。病没。在位6年。

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