祖珽
publish: 2022-02-28, update: 2026-04-19
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生没年不詳。字は孝徴。范陽郡遒県の人。祖瑩の子。范陽祖氏の出身で、勲貴や恩倖と権力を争った典型的な漢人系名族。和士開と争って入獄し、失明してなお権力への情熱を失わなかった。勲貴の斛律光を失脚させたほか、過度な権力闘争により北斉を衰退させた。北徐州刺史に左遷され任地にて没した。
関連
劉宏
156年-189年。霊帝。後漢の第12代皇帝。解瀆亭侯・劉萇の子。河間王・劉開の曾孫。劉志に男子が無く、同じ河間王の筋から皇太后・竇妙、竇武、陳蕃らに擁立された。熹平石経を作成するなど学問を奨励する一方で、売官売爵といった短絡的な財政を行い、宦官の専横も止まらなかった。
楊駿
?-291年。字は文長。一族の楊艶、楊芷が司馬炎の皇后となった。外戚として権力を集め、重職を委ねられるようになったが、能力に不足し人望は高まらなかった。専横を憎む賈南風一派の政変によって失脚し、一族もろとも処刑された。暗愚だったが、敵対者を無暗に殺害しなかった。
紀瞻
253年-324年。字は思遠。紀陟の子。顧栄や周玘らと共に陳敏の反乱を鎮圧した。江南に駐屯した司馬睿に仕え、王導と共に司馬睿の皇帝即位を推進した。司馬紹から社稷の臣と評され、爵位は臨湘県侯、官職は散騎常侍、驃騎将軍まで昇る。病没。五儁の一人。