劉曜
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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?-329年。字は永明。前趙の第5代皇帝。靳準が乱を起こすと皇帝に即位し乱を鎮めた。石勒の離反を始め頻発する反乱に対処するが、洛陽における後趙との戦いで捕縛される。石勒から降伏勧告を命じられるも、社稷を維持せよと勅書したため石勒に処刑された。在位10年。
関連
杜洪
?-352年。京兆郡の人。冉閔と石祗が対立すると、王朗、麻秋は長安から洛陽に入ったため、張琚と共に関中を占拠した。枋頭から関中攻略を目指して西進する苻健に敗れ、司竹、宜秋に逃れた。張琚によって殺害されたとも、苻健の攻撃によって敗死したともある。
庾冰
296年-344年。字は季堅。庾琛の子。一族と共に江南に移り、華軼の討伐に功を成した。蘇峻の乱では敗退して王舒の属官を務めたが、乱の鎮圧後は荊州に赴任する兄に代わって中央職を歴任した。幼帝の即位と後見を巡って何充と争った。庾翼の後援として江州刺史となった。病没。
司馬岳
322年-344年。字は世同。東晋の第4代皇帝。康帝。司馬紹の第2子。司馬衍の弟。司馬衍の死後、司馬衍の子がいずれも幼かったため、年長者として庾冰に擁立されて即位する。兄と同様早世する。在位2年。