崔慧景 ( さいけいけい )

publish: 2021-08-09, update: 2026-04-19

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438年-500年。字は君山。崔系之の子。宋の官職を歴任して、蕭道成の信任を得た。蕭鸞の死後、斉の重鎮ゆえに朝廷から警戒され、蕭宝玄を奉じて挙兵した。建康周辺を制圧し蕭宝巻を呉王に降格するが、蕭懿の攻撃を受けて敗死した。

関連

劉義符

406年-424年。劉宋の第2代皇帝。少帝。劉裕の第1子。父劉裕の死後即位した。傅亮、徐羨之、謝晦の輔弼を受けたが、言行に節度がなく信望を失った。音楽に精通し遊戯に明け暮れた。張太后の勅令を得た徐羨之らに廃位され、まもなく殺害された。在位2年。

苟晞

?-311年。字は道将。貧しい家の生まれだったが、東海王・司馬越に招聘されて、陽平郡太守まで昇進した。八王の乱では、主に司馬越に従い、公師藩、劉喬、汲桑らを討伐し、威光を高めた。青州刺史として曹嶷らと争った。後に司馬越と対立し、司馬越の死後、石勒によって滅ぼされた。有能であったが過酷でもあった。

羊侃

495年-549年。字は祖忻。羊祉の子。もとは北魏の武官であったが、梁に亡命した。侯景の降伏に反対するも受け入れられなかった。侯景の乱では建康防衛の指揮を執り、数カ月にわたって籠城した。建康防衛の最中に病没し、間もなく建康の台城は陥落した。

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