劉子業 ( りゅうしぎょう )

publish: 2021-08-08, update: 2026-04-19

章節

標籤

449年-466年。劉宋の第5代皇帝。前廃帝。劉駿の第1子。劉駿の死後即位した。性は残虐であり、劉義恭、柳元景、顔師伯、劉子鸞、何邁、沈慶之ら一族、重臣を次々と粛清し人望を失った。劉彧の側近である阮佃夫の襲撃を受けて殺害された。在位2年。

関連

司馬遹

278年-300年。字は煕祖。司馬衷の子。聡明さを祖父・司馬炎に溺愛されたが、成長と共に学問から遠ざかり、次第に評判を失った。実子のいない賈南風から疎まれ、賈謐と対立した。賈南風によって謀叛の罪を着せられて、廃太子ののち、庶人に落とされた。まもなく賈南風によって暗殺された。

苻登

343年-393年。字は文高。前秦の第5代皇帝。高帝。宗室傍流の苻敞の子。淝水の戦い以後前秦の源泉ともいえる枹罕に割拠した。苻丕が敗死すると皇帝に即位した。一時は攻勢に転じるが大界の戦いの敗北以後勢力は後退した。廃橋の戦いで捕縛され処刑された。

陸遜

183年-245年。字は伯言。呉郡呉県の人。陸駿の子。幼くして父を亡くして廬江太守の陸康を頼ったが、袁術と敵対した折、一族を連れて本籍に避難した。山越の平定で躍進し、荊州の攻略、夷陵の戦いを経て呉の重鎮となった。二宮の変を要因に孫権と対立し憤死した。諡は昭。江陵侯。

page /opt/build/repo/content/dynasties/420_宋/hongi/5_466_劉子業.md