慕容超
publish: 2021-11-12, update: 2026-04-19
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385年-410年。字は祖明。南燕の第2代皇帝。末主。慕容徳の兄慕容納の子。慕容垂が独立したとき長安に在留した父慕容納は処刑され母段氏は後秦、後涼へ逃亡した。後に慕容徳に迎えられた。慕容徳の死後即位するも失政が続いた。東晋の劉裕に攻撃され捕虜となったのち処刑された。
関連
麹允
?-316年。金城郡の大豪族の出身。長安陥落時に逃走し、賈疋を説得して長安を奪還した。閻鼎を弾劾して政治を主導した。前趙と一進一退を繰り返すも、人心を得られず、長安は陥落した。平陽に連行されたのち自害したが、同時にその忠義を劉聡から評価された。
王羲之
303年-361年。字は逸少。王曠の子。王導、王敦の従兄弟甥。人格と才覚を評価されて度々要職へ任官されたが、その度に辞退し地方官への任官を望んだ。後に会稽郡に移住し悠々自適と精進の中から楷書・行書・草書の各書を確立させた。書の芸術性を見出したとされ書聖と称される。
独孤信
502年-557年。字は期弥頭。本名は如願。匈奴の出自。雲中郡の人。独孤庫者の子。六鎮の乱で活躍し爾朱栄の配下となった。宇文泰の信任を得て西魏の重鎮となった。北周成立時に実権を掌握する宇文護の暗殺を計画し賜死を受けた。娘がそれぞれ北周、隋、唐の皇后として嫁いだ。容姿が美しく独孤郎の異名をとった。