慕容暐
publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19
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350年-384年。字は景茂。前燕の第3代君主。幽帝。慕容儁の三男。河南へ進出し東晋領の洛陽を得るも慕容恪の死後は国威が低下する。洛陽の領有問題を起点に前秦と敵対し大敗のすえ鄴は陥落、降伏した。在位11年。淝水の戦い以後没落する苻堅の暗殺を試みるが失敗し殺害された。
関連
司馬元顕
382年-402年。司馬道子の子。無手の父に代わって権力を握って劉牢之や桓玄を懐柔し、王恭、殷仲堪を排除した。政治は乱暴かつ放恣で孫恩の乱を引き起こした。劉牢之や桓玄に見限られ為す術を持たなかった。建康に入った桓玄によって捕縛され父に先立ち処刑された。
羅尚
?-310年。字は敬之。羅式の子。羅憲の甥。幼くして父を亡くし叔父の羅憲に養育された。荊州刺史・王戎の参軍を務め、呉征討では王戎の前衛として進軍した。梁州刺史ついで益州刺史を拝命した。難民を統率した李特と対立し、一時は李特を敗死させて優勢となったが、成都を保持し得ず巴郡を拠点とした。病没。
呉明徹
512年-578年。字は通昭。呉樹の子。梁に仕えて各武官職、刺史を歴任した。侯景の乱では陳霸先の信用を得て、陳の建国後さらに累進した。北伐を行い淮南を回復するが、三度に渡る呂梁の戦いの結果、北周に敗れて捕縛され、長安へ連行された。長安にて病没。