元悦 ( げんえつ )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

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494年-532年。汝南文宣王。第6代皇帝・拓跋宏の子。兄・元懌が元叉に殺害されると、元叉に阿って高位に上った。爾朱栄によって河陰の変が起こると、難を逃れて梁へ亡命した。梁の後援を得て皇帝に即位し洛陽に入った。爾朱氏が滅びると、洛陽を押さえた高歓によって殺害された。

関連

王渾

223年-297年。字は玄沖。并州太原郡晋陽県の人。王昶の子。京陵侯を継承したが曹爽の失脚で免官となった。懐県県令として復帰以後は累進し豫州刺史、豫州諸軍事となった。呉征伐では一軍を率いて南進し、功は王濬と双璧を成した。晩年は兵権を返上し顕職を歴任しては名声を落とした。

慕容吐谷渾

246年-317年。鮮卑慕容部の人。慕容渉帰の子。慕容廆の兄。庶長子であったため嫡子とされず、部族を分け与えられた。嫡子の慕容廆との対立を避け西へ移住した。部族は陰山、枹罕に至り、後に子孫は西零、甘松に移って吐谷渾を国名とする独立勢力を築いた。

司馬保

294年-320年。字は景度。司馬模の子。司馬越の甥。洛陽の陥落以後、秦州一帯を領有した。司馬睿と並んで司馬鄴を補佐する立場にあったが、後に司馬鄴を軽んじて、積極的に援護せず長安陥落を傍観した。皇帝を自称したが、前趙に対して劣勢となると、配下の張春に殺害された。病没とも。

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