慕容熙 ( ぼようき )

publish: 2021-10-16, update: 2026-04-19

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385年-407年。字は道文。後燕の第4代皇帝。昭文帝。慕容垂の子。慕容盛の死後帝位を継ぐ。皇后の苻訓英ともに贅沢を極め国力を傾けた。苻皇后の死後は精神を病んだ。葬儀のため外出すると高雲に龍城を占拠された。逃亡したが見つかり殺害された。在位6年。

関連

顔延之

384年-456年。字は延年。琅邪郡臨沂県の人。顔顕の子。名門だったが父を早くに亡くし没落した。書物に通じたが、酒癖が悪く、長らく独身だった。晩年の陶潜と交際し、その死を悼んだ。朝廷の権力闘争の中で常に警戒され、数度の左遷と長い謹慎を経た。晩年は、秘書監、光禄勲、太常を歴任した。

高延宗

544年-577年。安徳王。高澄の第5子。高粛の弟。陳、北周の侵略が始まると、及び腰の宗族の中で善戦した。高緯が逃走すると、周囲から皇帝として擁立され晋陽を守備した。北周の侵攻になすすべなく捕縛され、北斉滅亡後は賓客として遇されたが、穆提婆の反乱未遂がおこると自害した。

劉表

142年-208年。字は景升。山陽郡高平県の人。前漢の魯恭王劉余の末裔。太学で儒学に精通し八及と称された。張倹の逃亡を幇助して自らも追われたが、党錮の禁が解かれると復職して荊州刺史を務めた。荊州を発展させ群雄の一人として割拠したが、曹操の南進の直前に病没した。

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