慕容熙
publish: 2021-10-16, update: 2026-04-19
章節
標籤
385年-407年。字は道文。後燕の第4代皇帝。昭文帝。慕容垂の子。慕容盛の死後帝位を継ぐ。皇后の苻訓英ともに贅沢を極め国力を傾けた。苻皇后の死後は精神を病んだ。葬儀のため外出すると高雲に龍城を占拠された。逃亡したが見つかり殺害された。在位6年。
関連
蕭宝巻
483年-501年。字は智蔵。蕭斉の第6代皇帝。東昏侯。蕭鸞の第2子。蕭鸞の死後皇帝に即位した。奇行が多く、補佐する重臣や諫言する高官を殺害した。反乱した蕭衍に殺害された。暴君と評価される。女性の美しい歩みを例えた金蓮歩の故事が残る。在位3年。
檀道済
?-436年。劉裕に仕えて、桓玄の乱や北伐を転戦して宋朝建国の功臣となった。劉義符の廃位に加担するもその後の罪を逃れた。のちに北伐を行い、対北魏戦線の要として軍の最高職を務めたが、勢威を恐れた劉義隆に殺害された。『三十六計』の著者。
宇文泰
505年-556年。字は黒獺。匈奴宇文部の人。武川鎮出身。六鎮の乱では鮮于修礼に属するが、鮮于修礼が敗北すると、爾朱栄の部将であった賀抜岳に従った。賀抜岳が高歓に殺されると実権を掌握して元脩を迎えた。周礼を基礎とする制度改革と鮮卑復古を推進し、北周の基盤を作った。病没。