慕容鍾
publish: 2026-04-16, update: 2026-04-19
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生没年不詳。 字は道明。 慕容運の孫。 慕容制の子。 始め西燕に属して慕容永に従ったが、後に妻子を捨てて後燕に離反した。 慕容徳を補佐した南燕創業の功臣で、司徒、都督中外諸軍事、録尚書事など重職を務めた。 慕容超が即位すると失脚し、慕容法、段宏らと反乱したが失敗、後秦へ亡命した。
慕容永は父が不明ながら慕容鍾と同じく慕容運の孫であるため、慕容永は慕容鍾の従兄弟にあたる。
関連
苻生
335年-357年。字は長生。前秦の第2代皇帝。厲王。苻健の三男。苻健の死後、皇帝に即位した。漢中攻略を目論む姚襄を敗死させた。残虐な性格で粛清を多く行ったため人心を失った。政変を決行した苻堅に殺害された。在位3年。
苻健
317年-355年。字は建業。前秦の初代皇帝。景明帝。苻洪の三男。後趙に従ったが石虎の死後、後趙が乱れると長安を攻略し自立した。始め東晋に従属するもまもなく皇帝に即位した。桓温の北伐を撃退し関中の統治を確立した。病のため死去。在位4年。
元欣
生没年不詳。字は慶楽。北魏の広陵王・元羽の子。節閔帝・元恭の兄。各州の刺史を歴任し、行政に優れた。いくつかの王位の改封を経て広陵王を継いだ。北魏分裂時は元脩に従って関中に入った。西魏宗族では最高位にあり諸王よりも高い格式で礼遇された。宰相職を歴任した。554年以降に病没。