乞伏乾帰
publish: 2021-11-08, update: 2026-04-19
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?-412年。字は高祖。西秦の第2代の王。武元王。乞伏国仁の弟。始め前秦の苻登に従ったが苻登が戦死すると子の苻崇を攻撃し前秦を滅ぼした。亡命を繰り返すも自己の勢力を保持し続け後秦の衰退が顕著になると再び独立した。甥の乞伏公府に殺害される。
関連
王沈
生没年不詳。宦官として劉聡に仕えた。劉聡が後宮に入り浸って朝政に出席しなくなると、劉聡に代わって朝政を取り仕切り、独断で人事を決裁した。その権勢は斉の易牙、蜀の黄皓に例えられ、多くの良臣を誅殺せしめた。劉聡の死後、事跡は定かではない。
崔慧景
438年-500年。字は君山。崔系之の子。宋の官職を歴任して、蕭道成の信任を得た。蕭鸞の死後、斉の重鎮ゆえに朝廷から警戒され、蕭宝玄を奉じて挙兵した。建康周辺を制圧し蕭宝巻を呉王に降格するが、蕭懿の攻撃を受けて敗死した。
寇恂
?-36年。字は子翼。上谷郡昌平県の人。上谷郡の功曹を務めた。太守・耿況を説いて劉秀に従った。河内太守を務めて鄧禹からは蕭何に比された。軍事、外交に優れる一方で、地方統治にも優れ、執金吾に栄転すると領民からは慰留の陳情が上がった。執金吾、雍奴侯。